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大阪地方裁判所 平成8年(ワ)7255号 判決 1997年5月22日

原告

岡田伸三

ほか一名

被告

山浩和

ほか二名

主文

一  被告らは、原告らのそれぞれに対し、各自二〇六万七〇二九円及びこれに対する平成七年五月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを九分し、その七を原告らの、その余を被告らの負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告らのそれぞれに対し、各自八九六万九三九九円及びうち八四六万九三九九円に対する平成七年五月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告らの子である岡田公明(以下「公明」という。)が運転する原動機付自転車と被告山浩和(以下「被告浩和」という。)の運転する普通乗用自動車との衝突し公明が死亡した事故に関し、原告らが、被告浩和に対しては民法七〇九条に基づき、被告山博司(以下「被告博司」という。)及び被告森英樹(以下「被告森」という。)に対しては自動車損害賠償保障法三条に基づき、損害の賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実等

以下のうち、1、2、6は当事者間に争いがない。3は乙第七号証、第一三、第一四号証、第一六号証、第二三号証により、4は甲第三号証の一、二により、5は乙第六号証及び弁論の全趣旨により、それぞれ認めることができる。

1  被告浩和は、平成七年五月二八日午前二時五五分ころ、普通乗用自動車(大阪七八ろ八六七九、以下「被告車両」という。)を運転して大阪府四条畷市大字清滝一〇二二番地先道路(以下「本件道路」という。)を大阪方面から奈良方面へ向けて進行中、折りから対向車線を走行してきた公明の運転する原動機付自転車(車体番号AF二八―一二七〇五六五、以下「公明車両」という。)に被告車両を正面衝突させ、公明に脳挫傷の傷害を負わせて同日午後二時二〇分ころ死亡させた(以下「本件事故」という。)。

2  本件事故は、被告浩和の過失によつて発生した。

3  本件道路は、大阪府四条畷市と奈良県生駒市を結ぶ国道一六三号線で、最高速度が時速四〇キロメートルと指定され、追い越しのための右側部分はみ出し禁止の規制があるほか、自動二輪車、原動機付自転車については終日通行禁止の規制がされている。本件事故現場付近は、湾曲の多い山間道路であり、大阪方面から奈良方面へ向けては、約一〇〇分の五の上り勾配で、かつ、鋭角の左曲線となつており、内側に雑草等が茂つているため、曲線部分手前からの対向車両の見通しは悪い(本件事故現場の状況は別紙図面のとおり。)。

本件事故現場付近は、土、日曜日の深夜から早朝にかけて普通自動車、自動二輪車、原動機付自転車を運転する若者が集まり競つて曲線部分を高速度で走り回る、いわゆるローリング族の溜まり場となつている。

4  公明死亡当時、原告岡田伸三はその父、原告岡田輝子はその母であつた。

5  被告博司は被告浩和の父であり、自動車検査証の記載上は被告車両の所有者とされている。また、被告森は被告浩和の兄であり、自動車検査証の記載上は被告車両の使用者とされている。

6  原告らは、自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)から、それぞれ一五〇〇万円の支払を受けた。

二  争点

1  本件事故態様及び過失相殺

(原告らの主張)

本件事故は、被告浩和が、急曲線の道路で速度を出しすぎたために曲がり切れずに中央線を超えて対向車線を走行中の公明車両に正面衝突したというものであり、本件道路には原動機付自転車の通行禁止の規制がされていたにしても、公明の過失は一割を超えることはない。

(被告らの主張)

公明は、自動二輪車及び原動機付自転車の走行が禁止されている本件道路を、制限速度を時速四〇キロメートル超過し、かつ、中央線寄りを走行しており、公明には五割の過失があるというべきである。

2  被告博司及び被告森の責任

(原告らの主張)

被告博司は被告車両の所有者、被告森は被告車両の使用者であり、いずれも本件事故当時、被告車両を自己のために運行の用に供していた。

(被告らの主張)

被告車両の所有者は被告浩和であり、被告博司及び被告森は被告車両の運行供用者ではない。

3  原告らの損害

第三当裁判所の判断

一  争点1(本件事故態様及び過失相殺)について

1  甲第一号証、第九号証、第一二、第一三号証、乙第八ないし第一〇号証、第一四、第一五号証、第一七ないし第二五号証、第二八、第二九号証によれば、以下の事実を認めることができる。

(一) 被告浩和は、本件事故当時、被告車両を運転して本件事故現場付近の左曲線部分に時速約七〇キロメートルで進入したが、被告車両を思うように道路左側に寄せることができず、中央線をはみ出すのではないかと感じたところ、前方に対向して走行してくる公明車両を発見し、左にハンドルを切ろうとしたが間に合わず、被告車両の右前部バンパー付近に公明車両を衝突させ、いつたんは停止したものの、公明を救護せず、かつ、本件事故の発生を最寄りの警察署の警察官に報告することなく、本件事故現場から逃走した。

被告車両と公明車両との衝突位置は、中央線から公明車両側の車線に約〇・六メートル入つた地点であつた。なお、本件事故現場付近では、中央線の両側に幅約〇・五メートルの導流帯が設けられている。

(二) 被告浩和は、本件事故以前にも何度か本件事故現場を走行したことがあり、その際の経験によれば、被告浩和の運転技術では本件事故現場付近の急曲線部分を時速六五キロメートル以上で走行しようとすれば車両を道路に沿つて進行させることができず、中央線をはみ出して対向車線に進出させる結果となることは承知していた。また、被告浩和は、本件事故以前、本件道路を自動二輪車や原動機付自転車が走行しているのを何回も見たことがあつた。

(三) 高石充(以下「高石」という。)は、本件事故当時、原動機付自転車(枚方市な一七五六五、以下「高石車両」という。)を運転して、本件道路を奈良方面から大阪方面へ向けて公明車両の後方を時速約五〇キロメートルで走行していたところ、前方で対向車線から被告車両が進路前方に進入してきて公明車両に衝突するのを目撃したが、その後回避措置を講じる間もなく、自らも被告車両と衝突して高石車両もろとも転倒した。

高石は、本件道路をしばしば走行しており、本件事故現場付近を奈良方面から大阪方面へ向けて走行するには、曲線部分に進入する手前では道路外側に大きく膨らんで減速し、その後曲線部分に入ると中央線寄りに転じ、導流帯の左側白線に右膝を付けるような形で体を右側に傾けて走行し、直線部分に入ると再び道路外側に膨らむという方法で走行していた。

(四) 公明は、自動二輪車や原動機付自転車で曲線道路を速度を出して走り回る「真走回転」というグループのリーダーをしており、右グループの仲間と本件道路をしばしば走行していた。本件事故当時、本件道路を奈良方面から大阪方面へ向けて、右グループの仲間の車両四台、公明車両、高石車両の順で走行していており、公明は、本件事故現場を前記の高石と同じ方法で中央線寄りに走行していて本件事故に遭つた。

2  右に認定した事実及び前記第二の一3の事実によれば、本件事故は、被告浩和が、本件道路を大阪方面から奈良方面へ向かい進行するに当たり、本件事故現場付近は制限速度が時速四〇キロメートルと指定されていたうえ、左右に湾曲する道路で前方の見通しが悪く、かつ、自動二輪車、原動機付自転車については終日通行禁止の規制がされているものの、現実にはこれらの車両が走行していることを承知のうえで、しかも、時速約六五キロメートルを超過して走行すれば対向車線にはみ出すことも十分知りながら、あえて時速約七〇キロメートルで進行した過失により、被告車両を道路に沿つて進行させることができず、対向車線に進出させ、折りから対向進行してきた公明車両の前部に被告車両の右前部バンパー付近を衝突させて、公明を公明車両もろとも路上に転倒させたというものであるというべきである。しかし、反面、公明は、自動二輪車、原動機付自転車については終日通行禁止の規制がされているのを知りながら、公明車両を運転して本件道路を走行していたものと推認されるうえ、原動機付自転車は道路の左側に寄つて道路を通行しなければならないとされており(道路交通法一八条一項)、しかも、本件事故付近の道路の形状に照らせば対向車線を走行する車両が中央線をはみ出して走行してくることも十分予見できたにもかかわらず、本件事故現場付近の急曲線部分を高速度で走行することに気を奪われ、原動機付自転車の最高速度である時速三〇キロメートル(道路交通法施行令一一条三号)を上回る時速約五〇キロメートルで、あえて中央線寄りを走行していたため本件事故に遭つたものというべきであり、本件事故の発生には、公明にも三五パーセントの過失があるというべきである。

二  争点2(被告博司及び被告森の責任)について

前記第二の一5の事実に、甲第一二号証、乙第一〇号証、第二一号証、第二五、第二六号証及び弁論の全趣旨によれば、被告博司は被告浩和の父であり、自動車検査証の記載上は被告車両の所有者とされていること、被告森は被告浩和の兄であり、自動車検査証の記載上は被告車両の使用者とされていること、被告浩和は、被告博司及び被告森と同居しており、本件事故当時専門学校生で、アルバイトで一週間に七五〇〇円の収入があつたにすぎなかつたこと、被告博司は、以前はタクシーの運転手をしていたことがあり、現在は幼稚園の通園バスの運転手をしていること、被告車両はもと被告森が購入したものであつたが、被告森が維持費に困り売却しようとしたところ、被告浩和及び被告森の母であり被告博司の妻である山美恵子が維持費を出し、家族全員が乗ることで売却は見合わせたこと、その後、被告車両は主として被告浩和が運転していたが、ときおり被告森が運転することもあつたことが認められる。

右のような事情のもとでは、被告博司は、単に被告車両の自動車検査証の記載上所有者とされていたというにとどまらず、被告車両を自ら運転することも可能で、また、被告浩和に被告車両を運転する機会を与えていたものというべきであり、被告車両の運行を事実上支配、管理することができ、社会通念上被告車両の運行が社会に害悪をもたらさないよう監視、監督すべき立場にあつたということができるから、被告車両を自己のために運行の用に供していたものと認めるのが相当である。また、被告森についても、もとは被告車両の実質的な所有者であつたうえ、被告車両の自動車検査証の記載上使用者とされ、また、本件事故当時もときおり被告車両を運転していたのであるから、同様に被告車両を自己のために運行の用に供していたものと認めるのが相当である。

したがつて、被告浩和が被告車両を運転して発生させた本件事故によつて原告らに生じた損害については、被告博司及び被告森もこれを賠償すべき責任があるというべきである。

三  争点3(原告らの損害)について

原告らは、公明が被告らに対して有する次の1、2についての損害賠償請求権を相続分に従い各二分の一の割合で相続したものと認められる。また、弁論の全趣旨によれば、原告らは、3の費用を二分の一ずつ負担したものと認められる。

1  逸失利益 二八七二万九三二一円(請求どおり)

甲第四号証、乙第二〇号証及び弁論の全趣旨によれば、公明は昭和五一年八月一四日生まれで、本件事故当時一八歳であり、平成七年四月一日、学校法人日産学園京都自動車工業専門学校に入学し、二年の在学期間を経て、同校卒業後は自動車整備士二級の資格を取得し就労する予定であつたことが認められるところ、公明は、本件事故に遭わなければ、二〇歳から六七歳までの四七年間就労し、その間に少なくとも平成六年賃金センサス・産業計・企業規模計・学歴計・二〇ないし二四歳の男子労働者の平均年収三二五万三八〇〇円を得ることができたと認められるから、公明の生活費として五割を控除し、右期間に相当する年五分の中間利息を新ホフマン方式により控除すると、原告主張の二八七二万九三二一円を下回ることはないと認められる。

計算式 3,253,800×(1-0.5)×(24.416-1.861)=36,694,729

2  慰藉料 二二〇〇万円(請求どおり)

本件に顕れた一切の事情を考慮すれば、公明が本件事故によつて受けた精神的苦痛を慰藉するためには二二〇〇万円の慰藉料をもつてするのが相当である。

3  葬儀費用 一二〇万円(請求一四二万四九〇〇円)

甲第五号証の一ないし五及び弁論の全趣旨によれば、原告らは、公明の葬儀を行いそのために一四二万四九〇〇円の費用を負担したものと認められるところ、このうち一二〇万円の限度で本件事故と相当因果関係のある損害と認める。

四  結論

以上によれば、原告らの損害は各二五九六万四六六〇円となるところ、前記のとおり本件事故の発生につき公明には三五パーセントの過失があるので、右より過失相殺として三五パーセントを控除すると各一六八七万七〇二九円となり、更に原告らが自賠責保険から支払を受けた各一五〇〇万円を控除すると、残額は各一八七万七〇二九円となる。

本件の性格及び認容額に照らすと、弁護士費用は原告ら各自につき一九万円とするのが相当であるから、結局、原告らは、被告ら各自に対し、それぞれ二〇六万七〇二九円及びこれに対する本件事故の日である平成七年五月二八日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 濱口浩)

別紙図面

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